私のこと⑤働きながら大学院へ

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議会局に異動し、私は議会の独特の雰囲気やルールに馴染めず少し躓いてしまいました。局間交流で来た若い職員は良い意味でも悪い意味でも注目されることが多いのですが、自分らしさを失ってしまった私は、完全に悪い意味で注目されていたのかなと思います。

例えば自分宛の電話を取るときも、

「きっと電話で話している内容をみんなが聞き耳立てていて、あいつ仕事できないわーって思われてるんだろうな」

とか、上司と話すときも

「私の報告の内容、きっと内心笑われてるんだろうな」

ということを考えてました。

別に誰かから嫌がらせにあったとか、悪口を言われたとか、そういうことでは全然ありません。

なのに私は勝手にダークサイドに落ち、朝の通勤では動機や吐き気に悩まされる日が続きました。もう一度言います。全部私の思い込みです。誰からもいじめられていたわけでは決してないのです。。

しかし、この時ほど私は「自分の見え方」をマイナスの意味で意識していたことはなかったと思います。

こんな調子だったので昇任試験にも落ち、数ヶ月間低空飛行をしていました。

しかし、そんな私にも自分を取り戻せる時間がありました。

それは視察に来られる各地の議員の皆様の接遇をしている時でした。

私が担当していた仕事には、各地の議会から視察に来られる議員の方々の対応がありました。

議会に異動するまで、正直なところ私は世間から刷り込まれていたイメージで議員の皆さんを見ていました。しかし、都庁に視察に来られてた方々は、各地域の政策課題を認識し、その課題の解決のために都の執行機関へ丁寧にヒアリングを行っていて、その心意気や姿勢は私がこれまで抱いていた政治家へのイメージを一転させました。地域の課題や都への期待など、私に対して熱く語ってくださった方もいました。

そんなある日視察に来られたある議員の方から言われたんです。

「きみ、ゆくゆくは議員になってみたら?」

と。議員なんて、今までそんなこと考えたことなかった私は、

「いやいやー、なりませんよ。」と言ってその場は終わりました。

当時私は26歳。その年に行われた統一地方選では、私と同じように若い、そして問題意識と信念を持った議員がたくさん誕生していました。

また私はこれまで行政や議会の現場にいて、自治体運営や議会運営にそれなりに問題意識を抱えていたのも事実でした。その上、社会に対する謎の反骨心のようなものを昔から持ち合わせていたこともあり、

政治家という選択肢も、ありなのかもしれない。

と思い始めてしまったわけです。

(※今はイメージコンサルタントが天職だと思ってます)

異動した4月から10月まではドン底でしたが、そういうこともあって10月以降は徐々に元気を取り戻しました。

例えば、以前から「受けたいなー」と思っていた色彩検定1級に合格したり、

日本政策学校に入学して、私なんかよりももっと政治の現場を知っていて、もっと高い志を持つ仲間に刺激を受けてみたり、

そして、4月から働きながら公共政策大学院に行くことを決め、試験の情報収集や研究計画書の準備などに忙しい下半期を過ごしました。

結果、大学院に合格し念願の社会人大学院生としての生活がスタートしました。

私が通ったのは、早稲田大学大学院政治学研究科公共経営専攻という専門職大学院です。学部からそのまま大学院に来たストレートマスターが半分、私のような自治体職員、現職議員、経営者や会社員などの社会人が半分という構成でした。

平日の夜と土曜を使い、仕事と両立しながら課題をこなす毎日は大変だったけれど、その分のやりがいは大きかったです。

大学院で得たことは、データや研究の対象を冷静に捉え客観的な視点をもってリサーチクエスチョンを紐解くという作業の楽しさでした。私の周りにあふれていた規範的な意見だけではなく、客観的なデータや分析の結果から得られることこそ、信頼度が高いということも分かりました。といっても私は計量分析苦手でなんですけどね。

そして立場や役職に関係なく、学生が対等な立場で議論することができる環境が本当に楽しかったことを覚えています。

そして私の研究対象は「議会基本条例」でした。

修士論文の執筆に伴い、多くの識者や議員の方との交流がありました。この時からのご縁は今も繋がっていて、地方自治体や議会についてだけではなく、進路のことや自分のことなど何でも相談できる間柄を築いています。

将来議員になることを念頭に置いて入学した大学院ですが、様々な背景を持つ社会人学生を見て、将来の選択肢が大きく拡がりました。

その中でも大学院の研究活動で出会った議員の方々は、誰にも負けない信念で動かれている方たちばかりでした。そういう様子を実際に見たこともあり、果たして私には、他の人から何を言われても絶対にやってみたいという信念や熱意があるのかな、、と大学院に通いながら自問自答してました。

確かに私の経歴は問題ないかもしれない。けれど議員の活動で1番大事な根っこの部分が不完全なままでは選んでくれる人に申し訳ないし、何より信念のないまま議員になって先生先生と言われていたら、それこそニュースによく出てくるような議員のようになっちゃうんじゃないかあ。。と考えていました。

そして私が選んだのは博士課程への進学でした。政治家になるのはもっと自分に経験値がついたらにしよう、と思ったんです。

(※今はイメージコンサルタントが天職だと思ってます)

そんな時に妊娠が分かり、「子育て」という新たな領域に突入するのでした。

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